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城郭形状が都市基盤を規定-不整形度は全国の城郭中第5位-<新潟日報(平成14年8月17日朝刊)掲載>

さる7月15日、新発田城復元工事の安全祈願祭が行われた。今後2年以内に往時を彷彿(ほうふつ)させる立派な三階櫓(やぐら)と辰巳櫓、そして地震にも耐えるように補強された石垣が完成する。

櫓の復元とともに、整備中の城址公園も完成し、新発田市を象徴する城とその周辺が見事な姿で現れる日も近い。

私は昨年、新発田城三階櫓について寄稿したが、今回は不整形城郭形状について述べたい。

城下町都市新発田の旧城下町区域の街路と町割り(街区割り)は、現代の地図と極めてよく重なり合う。つまり旧城下町区域は、昔の町割りと現代の街区がほとんど変わっていないことを示している。そして特に城に近い街路には曲折が多い。

この理由は何であろうか?城の防御のため故意に道を曲げ、あるいは辻を歪(ゆが)めたと言っている人も多いが、私はその根拠は少ないと思う。それは自然形状の制約の中で新発田城郭が構築され、その不整形な形状(複雑形状)に引きずられる形で、街路が曲折し町割りが不整形になったというのが真実に近い。特に城近くの街路は城郭形状の影響を受けざるを得ないことは明らかである。

全国にあった城の数は年代と規模を問わなければ、数万ともいわれその数は定かでない。しかし資料(日本の城1~8巻)によれば沖縄を含めた全国の城は439である。この中から新発田城と比較が可能な平城で、資料が整っている城は46城であった。

私は46城の形状を比較するために3つの形状比較指標を設定した。それは非対称率と空隙(くうげき)率と辺数の3つである。

そのうち、非対称率の定義は、新発田城郭を囲む、面積が最も小さい四角形(図A)を二等分線で折り曲げたとき(図B)、城郭の重ならない部分(斜線)と四角形面積の割合を非対称率とした。(他の指標の定義は割愛)

図A 図B
図A 図B

この指標を指数化して整理すると表1が得られた。表の合計数値が高いほど不整形度が高く形状が複雑であることを意味する。不整形城郭の1位(最も形状が複雑)は岡崎城(図1)、新発田城(図A)は5位である。整形度が最高の(城郭形状が最も整っている)城は高松城(図2)であった。

(表1)
順位 城名 形状比較指標 合計
非対称率 空隙率 辺数
1 岡崎城 57 68 97 222
2 宇都宮城 60 97 60 217
3 福井城 87 76 47 210
4 宮津城 100 91 18 209
5 新発田城 73 88 45 206
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
44 今治城 20 9 10 39
45 佐賀城 17 9 13 39
46 高松城 13 3 13 29
岡崎城(図1) 高松城(図2)
岡崎城 高松城

形状比較指標の数値による整形度、または不整形度は前述の通りであるが、数値だけでなく視覚からの判断も大切である。

岡崎城、新発田城、高松城の形状を視覚で判断するとき、表1に掲げた順位と矛盾を感じない。つまり不整形度1位の岡崎城、5位の新発田城、そして46位の高松城の視覚による判定と、数値による判定がほとんど一致すると考えられる。

新発田城と同時代に構築された高田城、長岡城の不整形度は、それぞれ9位と22位であった(両城下町の街路と町割りは、新発田城下町よりも明らかに整形である)。

城下町都市は、城下町時代の都市基盤を受け継がざるを得ない。そしてその町割りと街路は、城郭の整形度にほとんど絶対的に依存していることが明らかである。したがって城郭の整形度あるいは不整形度は城下町都市の基盤を規定し、現代生活の利便性と一致しない点が多い。

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